クジ運の悪い塾とモラル
2005年12月18日 日常友人と宇治で起こった小6女児殺害(塾講師)の話題。この友人は、とっても有名な国立大学の学生時代に、この塾で講師のバイトをしていたことがあったそうだ。聞けば、この塾に限らず、どこも多くのバイト講師を充てて運営しているのだが、世間が言う「人事の問題があった」というのを非難すること自体おかしいという。また、塾講師の経験があれば、今回の容疑者のように子供に馬鹿にされ、キレそうになった経験など幾らでもあるとか。で、この事件は、容疑者が一線を越えて最悪の状態になってしまったとの事。
考えてみれば、その通り。
人事選考の折り「子供に馬鹿にされても殺さないですか?」
などとは聞かない。それは常識以前の問題だから。
しかも、バイトの雇用だから、大した調査などするはずもない。
そんなことは言うまでもない話である。だからと言って、塾側に責任がないという訳ではないが、かなりの悪いクジを引いてしまったというべきか。
この事件を、もう少し違う角度から見てみると、子供が大人に大して
あっちに行け
うざい
という事にも問題があるかと思う。無論、大人は子供を殺すというのは当然、凶悪という事は間違いない。しかし、およそ人様に対して言う言葉でないような事を言ってもいいような環境で育ったのか?という事も考えなければならないのではないか。事件の凄惨性から言って忘れられてしまう話になるかも知れないが、どこの塾の講師も、同じ用に子供に馬鹿にされてた経験があるとするならば、モラルというのは、どこに行ったのかとも思う。塾に行く前にも勉強というのはあるのだよね。それからはじめようと思わないと。
考えてみれば、その通り。
人事選考の折り「子供に馬鹿にされても殺さないですか?」
などとは聞かない。それは常識以前の問題だから。
しかも、バイトの雇用だから、大した調査などするはずもない。
そんなことは言うまでもない話である。だからと言って、塾側に責任がないという訳ではないが、かなりの悪いクジを引いてしまったというべきか。
この事件を、もう少し違う角度から見てみると、子供が大人に大して
あっちに行け
うざい
という事にも問題があるかと思う。無論、大人は子供を殺すというのは当然、凶悪という事は間違いない。しかし、およそ人様に対して言う言葉でないような事を言ってもいいような環境で育ったのか?という事も考えなければならないのではないか。事件の凄惨性から言って忘れられてしまう話になるかも知れないが、どこの塾の講師も、同じ用に子供に馬鹿にされてた経験があるとするならば、モラルというのは、どこに行ったのかとも思う。塾に行く前にも勉強というのはあるのだよね。それからはじめようと思わないと。
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