Market value of professional baseball
2006年6月28日 日常トップシーズンにも関わらず、巨人戦が地上波で中継されない日が来た。ワールドカップの開催中だし、一概に「どうだ」という事もいえないが、普通に中継がないというのには、多少の違和感がある。よく巨人戦の視聴率がニュースになり、軒並み下落の一途を辿っている。このニュースが出てくると
巨人戦の視聴率が落ちたからと言って
プロ野球全体の人気が落ちたというのはおかいしい
という人がいる。確かにその通りだと思う。しかし、ちょっと切り口を変えてみた場合、
巨人戦以外のカードで、現行の巨人戦の視聴率を
上回るカードが存在するのか?
という事。例えば、阪神タイガースというチームがあるが、関西地区はともかくとして、全国区で放送できるソフトウエアかどうかというと疑問が残る。夜の7時から、全国中継の地上波で
阪神 対 横浜
の試合を中継したとしても、関西地区以外で巨人戦の視聴率以上は稼げないという事が安易に推測できるし、もとよりしっくり来ない。パの試合の中継なら言うまでもない。という事は、巨人戦の視聴率は、現在のプロ野球全体を考えた場合、最高の視聴率という事も逆説的にも考えられる。
つまりは『巨人戦の視聴率』という単語における『巨人』というキーワードに拒絶反応するのではなくて『霞ヶ関ビル○○分』の『霞ヶ関』でように、ある基準値くらいに考えるべきではないか。自分の子供の頃、お父さんが会社から帰ってきて、ビール飲みながらナイターを見るというのは、一般的な家庭のモデルであったと思う。ところが、今、そんなことをするお父さん大多数を占めるとは思えない。仮に自分が子供の頃を20年前と仮定した場合、今日まで、どういった時代の変化があったかと考えてみると、サッカーを初めてとして、野球に限らずさまざまな選択肢ができた訳で、何もナイターなんて見る事ないという時代になっていると言わざる終えない。ただ、これに気がついている人がどれくらいいるかというオペレーション側の問題がある。セの球団も「巨人戦があるから」の理由で、ズルズルここまで来たという事は、言い方が悪いが殿様商売と言うしかないのではないか。
巨人戦の視聴率を『ある基準値』と考え、またそれ以上のカードが日本のプロ野球に存在しないとすると、日本プロ野球のテレビにおける市場価値というのは、実はオペレーション側も、観ている側も思った以上に下落しているという事を認識するべきだろう。確かに球場に行く人は増えているかも知れないが、これは仮説ではあるが、視聴率が下落しても観客動員は、微増しているという事は、
(1) 年に数回行く人が、まったくいかなくなった
(2) 年に数回しか行かなかった人が、何度も行くようになった
という図式ではないかと思う。(2)が(1)を上回っていればという思われるが、実はそうではなくて、どんどん「行く人」と「行かない人」が乖離し始めてるという現象がおきている。つまりはリピーターは何度も行くが、新規顧客が減少しているという事。リピーターは増えることがないので、行かなくなってしまえば、それで終わり。しかし新規顧客の場合は、それだけパイが広がる可能性があるという事。リピーターが多いという事は、固定の顧客の確保という側面では成功しているが、どんどんとマーケットとして縮小傾向になって行くという事も忘れてはならない。
今日の横浜対巨人の試合は、BS-iで見ていたのだが「プロ野球を見たいのなら、自分で金を払って、設備を整えて、毎月、視聴料を払え」という暗示ではないかと感じる。時代の変化といってしまえば、それまでだが、社会が再びプロ野球という興行を迎合するようにするのが、オペレーション側の急務ではないかと思う。
巨人戦の視聴率が落ちたからと言って
プロ野球全体の人気が落ちたというのはおかいしい
という人がいる。確かにその通りだと思う。しかし、ちょっと切り口を変えてみた場合、
巨人戦以外のカードで、現行の巨人戦の視聴率を
上回るカードが存在するのか?
という事。例えば、阪神タイガースというチームがあるが、関西地区はともかくとして、全国区で放送できるソフトウエアかどうかというと疑問が残る。夜の7時から、全国中継の地上波で
阪神 対 横浜
の試合を中継したとしても、関西地区以外で巨人戦の視聴率以上は稼げないという事が安易に推測できるし、もとよりしっくり来ない。パの試合の中継なら言うまでもない。という事は、巨人戦の視聴率は、現在のプロ野球全体を考えた場合、最高の視聴率という事も逆説的にも考えられる。
つまりは『巨人戦の視聴率』という単語における『巨人』というキーワードに拒絶反応するのではなくて『霞ヶ関ビル○○分』の『霞ヶ関』でように、ある基準値くらいに考えるべきではないか。自分の子供の頃、お父さんが会社から帰ってきて、ビール飲みながらナイターを見るというのは、一般的な家庭のモデルであったと思う。ところが、今、そんなことをするお父さん大多数を占めるとは思えない。仮に自分が子供の頃を20年前と仮定した場合、今日まで、どういった時代の変化があったかと考えてみると、サッカーを初めてとして、野球に限らずさまざまな選択肢ができた訳で、何もナイターなんて見る事ないという時代になっていると言わざる終えない。ただ、これに気がついている人がどれくらいいるかというオペレーション側の問題がある。セの球団も「巨人戦があるから」の理由で、ズルズルここまで来たという事は、言い方が悪いが殿様商売と言うしかないのではないか。
巨人戦の視聴率を『ある基準値』と考え、またそれ以上のカードが日本のプロ野球に存在しないとすると、日本プロ野球のテレビにおける市場価値というのは、実はオペレーション側も、観ている側も思った以上に下落しているという事を認識するべきだろう。確かに球場に行く人は増えているかも知れないが、これは仮説ではあるが、視聴率が下落しても観客動員は、微増しているという事は、
(1) 年に数回行く人が、まったくいかなくなった
(2) 年に数回しか行かなかった人が、何度も行くようになった
という図式ではないかと思う。(2)が(1)を上回っていればという思われるが、実はそうではなくて、どんどん「行く人」と「行かない人」が乖離し始めてるという現象がおきている。つまりはリピーターは何度も行くが、新規顧客が減少しているという事。リピーターは増えることがないので、行かなくなってしまえば、それで終わり。しかし新規顧客の場合は、それだけパイが広がる可能性があるという事。リピーターが多いという事は、固定の顧客の確保という側面では成功しているが、どんどんとマーケットとして縮小傾向になって行くという事も忘れてはならない。
今日の横浜対巨人の試合は、BS-iで見ていたのだが「プロ野球を見たいのなら、自分で金を払って、設備を整えて、毎月、視聴料を払え」という暗示ではないかと感じる。時代の変化といってしまえば、それまでだが、社会が再びプロ野球という興行を迎合するようにするのが、オペレーション側の急務ではないかと思う。
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