実にいい言葉
2004年1月17日かつて、故・ジャイアント馬場さんの全日本プロレスで
選手が大量離脱し団体存亡の危機の時期があった。
残った選手といえば馬場さんと鶴田さんと若手ばかり。
その折、馬場さんの愛弟子、故・ジャンボ鶴田さんとで
海に行き
『ジャンボ、裏切る人間より
裏切られる人間の方がいいではないか』
と言ったそうだ。この言葉に感銘した鶴田さんは
『よし、今よりいい団体にして
10年後には出て行った人間を見返してやろう』
実際に全日本プロレスは、鶴田さんを中心に一つの結束し
見事、存亡危機を脱するどころか、選手離脱以前より
素晴らしい団体へと生まれ変わった。
---------
私が尊敬する友人(女性)が昔、私に
『ストレスを貯めない方法』というのを教えて
くれた。それが実に明快。
『自分に決定権がないことは気にしない』
まったくその通り。世の中の大半のことが、
自分に決定権がない。それにおいて色々と考えても
大半が、どうにもならないという事が多いから
仕方がないとの事。実に説得力があるので、
目標にしはしているのだが、中々難しい。
----------
とある事情があって、最近、友人とマジメな話しを
する事が多い。その中で昨日、友人が
『正直者が馬鹿を見てもいい』
信念があるいい言葉である。言われてみれば、去年は
『馬鹿を見る』事が多かったような気がするし、
辛い思いや、理不尽な思いもたくさんあった。
だけど、友人の言葉を借りれば、少しは救われるかも知れない。
年賀状
2004年1月14日毎年、年初に年賀状を皆様に頂く。だいたい100枚くらいは
もらえるのだが
あれ?この人誰だっけ?
と思って見返すと(旧姓:○○)になっていたりする。年齢的には
不思議ではないのだが、
家族が増えました
という年賀状。これも見慣れてきていたのだが、1人目ではなく
2人目というのが目立つ。
うーん。。。
そんな年になってしまったのか。と実感。自分の出した年賀状を
考えてみても、向こう3年くらいは変わりそうもない。
もらえるのだが
あれ?この人誰だっけ?
と思って見返すと(旧姓:○○)になっていたりする。年齢的には
不思議ではないのだが、
家族が増えました
という年賀状。これも見慣れてきていたのだが、1人目ではなく
2人目というのが目立つ。
うーん。。。
そんな年になってしまったのか。と実感。自分の出した年賀状を
考えてみても、向こう3年くらいは変わりそうもない。
バールのようなもの
2003年12月6日とある忘年会で、たまたま出た話。
よくニュースで「バールのようなものでこじ開けられた」
という言い回しがある。これについて同じテーブル人達との議論の末、
バールのようなものは「バール以外」にありえない。
という結論に達した。ちなみにバールとは、こんな感じ↓
http://www.homemaking.co.jp/top/tatemae/bearl/bearl.jpg
よくニュースで「バールのようなものでこじ開けられた」
という言い回しがある。これについて同じテーブル人達との議論の末、
バールのようなものは「バール以外」にありえない。
という結論に達した。ちなみにバールとは、こんな感じ↓
http://www.homemaking.co.jp/top/tatemae/bearl/bearl.jpg
やってもやっても終わらない話
2003年12月1日働いている人間なら誰でも一度は思う話。
特に事務職は、この手の話が多い。で、ある一つの結論にたどり着く。
やってもやっても終わらないのであれば、
どーせ、終わらないのだから、はじめからやらなければいい。
と言って、まったくやらないと給料がもらえない。では、どうするか?
というと根本的に考え方(やり方)を変えるという事。難しいのだけどね。
特に事務職は、この手の話が多い。で、ある一つの結論にたどり着く。
やってもやっても終わらないのであれば、
どーせ、終わらないのだから、はじめからやらなければいい。
と言って、まったくやらないと給料がもらえない。では、どうするか?
というと根本的に考え方(やり方)を変えるという事。難しいのだけどね。
お別れの月
2003年11月30日♪途に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか〜
中島みゆきの大ヒット曲「わかれうた」の出だしである。
よくよく考えたらスゴイ歌詞である。道を歩いていて
誰かの名前を叫んでいる奴がいたら、かなりファンキーな世界である。
ところが歌姫・中島みゆきが歌うと、さも「ありそう」に
聞こえるから不思議である。
-----
「わかれうた」という訳ではないが、どうゆう訳か11月は
多い月であった。
会社の同僚の一人が11月いっぱいで退職することになったのだが、
その人は会社が激動している時に一緒に未知の仕事に取り組み、一緒に苦しみ、
なんとか軌道に乗せた思い出がある。別の同僚は会社を退職して
海外留学するとのこと。5年ほど前に知り合った友人は、
事情で今、住んでいる場所を離れなければならない。
送別会でバカ騒ぎした後、最後に握手をした時は5年間のことが
色々と蘇ってきた。
友人・知人・同僚と新しいスタートを切るために今の環境と決別をした。
彼等にはそれぞれ事情があり、それぞれの決心がある。
無論、自分がとやかく言う問題ではない。少なからず自分に出来る
事といえば、新しい生活で彼等の成功を祈るくらいであろうか?
人と別れるたびに自分の事を考える。新しい環境に身を投じるという事は
それなりのエネルギーを必要とする訳で、なんでもかんでも変化させれば
いいという事ではないが、なんとなく「何もしていないなぁ」という気に
なったりもする。というより現状の環境に慣れてしまったという気もする。
今はメールやWebの発達で、どんなに離れていてもコンタクトの方法は
いくらでもあるのだが、やはり「今までいた人がいなくなる」というのは
やはり掛け値なしに寂しい話である。
中島みゆきの大ヒット曲「わかれうた」の出だしである。
よくよく考えたらスゴイ歌詞である。道を歩いていて
誰かの名前を叫んでいる奴がいたら、かなりファンキーな世界である。
ところが歌姫・中島みゆきが歌うと、さも「ありそう」に
聞こえるから不思議である。
-----
「わかれうた」という訳ではないが、どうゆう訳か11月は
多い月であった。
会社の同僚の一人が11月いっぱいで退職することになったのだが、
その人は会社が激動している時に一緒に未知の仕事に取り組み、一緒に苦しみ、
なんとか軌道に乗せた思い出がある。別の同僚は会社を退職して
海外留学するとのこと。5年ほど前に知り合った友人は、
事情で今、住んでいる場所を離れなければならない。
送別会でバカ騒ぎした後、最後に握手をした時は5年間のことが
色々と蘇ってきた。
友人・知人・同僚と新しいスタートを切るために今の環境と決別をした。
彼等にはそれぞれ事情があり、それぞれの決心がある。
無論、自分がとやかく言う問題ではない。少なからず自分に出来る
事といえば、新しい生活で彼等の成功を祈るくらいであろうか?
人と別れるたびに自分の事を考える。新しい環境に身を投じるという事は
それなりのエネルギーを必要とする訳で、なんでもかんでも変化させれば
いいという事ではないが、なんとなく「何もしていないなぁ」という気に
なったりもする。というより現状の環境に慣れてしまったという気もする。
今はメールやWebの発達で、どんなに離れていてもコンタクトの方法は
いくらでもあるのだが、やはり「今までいた人がいなくなる」というのは
やはり掛け値なしに寂しい話である。
歩くということ
2003年11月26日同じ部の女性が今月いっぱいで退職するというので、
業務終了後、会社近くで送別会。なんでも退職後はカナダに
留学するとかで。なかなか思い切った人生の選択だと思う。
送別会終了後、多くの同僚がバスで帰る中、なんとなく歩きたくなり
バスで行けば、駅まで5分くらいだが、あえて一人で歩いて帰ることにした。
今月は、月初から大変な時期があり、拭いきれない、しっくり来ない
事が多く、自分なりに解決できないまま11月も終わろうとしています。
一人で歩くのもいいものだろう。。
会社は海に近く、運河も多いオフィス街。さすがに21時30分とも
なると、人通りはほとんどなく、オフィスの窓明かりだけが
ポツポツとついている程度。
晩秋の夜風の中、一歩、一歩踏みしめて歩いていると
なんとなく、いろんなことがどうでもいいように思えてきた。
とある歌の歌詞の中に
歩くことは生きること
というくだりがある。本当にそんな感じがしている。色々と
楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、どうしようも出来ないことは
必ず起きるのだが、残念ながら人間は歩いていくしかないという
事だと思う。つまり歩いていく力があるという事は、まだまだ
生きて行きていけると実感した日であった。
業務終了後、会社近くで送別会。なんでも退職後はカナダに
留学するとかで。なかなか思い切った人生の選択だと思う。
送別会終了後、多くの同僚がバスで帰る中、なんとなく歩きたくなり
バスで行けば、駅まで5分くらいだが、あえて一人で歩いて帰ることにした。
今月は、月初から大変な時期があり、拭いきれない、しっくり来ない
事が多く、自分なりに解決できないまま11月も終わろうとしています。
一人で歩くのもいいものだろう。。
会社は海に近く、運河も多いオフィス街。さすがに21時30分とも
なると、人通りはほとんどなく、オフィスの窓明かりだけが
ポツポツとついている程度。
晩秋の夜風の中、一歩、一歩踏みしめて歩いていると
なんとなく、いろんなことがどうでもいいように思えてきた。
とある歌の歌詞の中に
歩くことは生きること
というくだりがある。本当にそんな感じがしている。色々と
楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、どうしようも出来ないことは
必ず起きるのだが、残念ながら人間は歩いていくしかないという
事だと思う。つまり歩いていく力があるという事は、まだまだ
生きて行きていけると実感した日であった。
門限22時
2003年11月25日諸般の事情があり、この時期、年に1回、5人の同級生に電話を
かけなければならない。で、今日、同級生(女性)に電話をかけ
用件を伝え、久しぶりだったので、色々と近況を聞くことにした。
彼女は独身で実家暮らし。もちろん同級生だから、歳も同じ。
しかし18年ほど付き合っていて、驚愕の事実が今日発覚。
なんと門限22時
さすがに仕事は別らしいが、いくら実家とは言え、31歳で門限22時
というのはいかがなものでしょうか?
23時頃、近くの駅に高校生がたむろしているをよく見かける時代に
31歳の女性が門限22時とはねぇ。。。
で、その彼女がデートをするのは彼の仕事の関係上、
土・日には会えず、曜日も限られているらしい。
また門限が22時という事で、会ってもほとんど時間がないらしい。
男だからという理由もあるが門限に縛られたことがない。
やはりこれは女性特有の「拘束」なのであろうか??
そうは言っても30歳超えたらいいとは思うのだが。。。。
かけなければならない。で、今日、同級生(女性)に電話をかけ
用件を伝え、久しぶりだったので、色々と近況を聞くことにした。
彼女は独身で実家暮らし。もちろん同級生だから、歳も同じ。
しかし18年ほど付き合っていて、驚愕の事実が今日発覚。
なんと門限22時
さすがに仕事は別らしいが、いくら実家とは言え、31歳で門限22時
というのはいかがなものでしょうか?
23時頃、近くの駅に高校生がたむろしているをよく見かける時代に
31歳の女性が門限22時とはねぇ。。。
で、その彼女がデートをするのは彼の仕事の関係上、
土・日には会えず、曜日も限られているらしい。
また門限が22時という事で、会ってもほとんど時間がないらしい。
男だからという理由もあるが門限に縛られたことがない。
やはりこれは女性特有の「拘束」なのであろうか??
そうは言っても30歳超えたらいいとは思うのだが。。。。
去年の今日の話
2003年11月18日去年の今日、よく行くラーメン屋にて食事中に携帯が鳴った。
店内だし食事中だったので、折り返しにしようと無視をした。
食事をすまし、携帯を見ると「伝言メモ」が入っている。
聞いてみる。
えっ???
着信履歴の名前はよく知った友人であったが、声の主が違う。
話を聞けば友人の妹。どうやら、第一報は、その友人と一番
近い日に私とメール送信履歴でやりとりしていたかららしい。
----
月日がたつのは早いものである。最近は得に顕著に感じる。
そして、忘れてしまった事、忘れてしまいたい事が、
たくさんあった1年だったのかもなぁ。
店内だし食事中だったので、折り返しにしようと無視をした。
食事をすまし、携帯を見ると「伝言メモ」が入っている。
聞いてみる。
えっ???
着信履歴の名前はよく知った友人であったが、声の主が違う。
話を聞けば友人の妹。どうやら、第一報は、その友人と一番
近い日に私とメール送信履歴でやりとりしていたかららしい。
----
月日がたつのは早いものである。最近は得に顕著に感じる。
そして、忘れてしまった事、忘れてしまいたい事が、
たくさんあった1年だったのかもなぁ。
同窓会的結婚式の二次会
2003年11月8日高校時代の同級生が結婚するというので、二次会へ行く。
過去に何度か、それに出たが、往々にして主役はそっちのけで、
各所で小さなクラス会になるというものだ。
逆を言えば、こうゆう時でもないと彼らに会えないのも事実である。
さて、ワタシのいたテーブルでは
独身3人、既婚者1人という組み合わせ。
31歳ともなると会話が実に生活密着型トーク。例えば。。
『新聞は毎日読んでおかないと』
『選挙には行かないと』
『年金がどうなるか心配だ』
『最近の女子高生は宇宙人だ』
といった高校時代に担任から色々と小言を言われていた事が身に
染みてわかって来たという結論に達した訳で、簡単に言えば
歳をとったと言う事である。
会も無事に終わると、友人(男)が人目をはばからず、
泣いている姿が見えた。帰り際に軽く挨拶をすると
『来てくれてうれしかった』と言われる。
続いて
『おまえの時は絶対行くから呼べよ!』
まったく予定なし。余計なお世話。これも毎度の話
----
すっかり忘れていたが、どうやら、高校卒業時に自分がクラス会の
幹事に任命されていたらしい。という事は私がやらないと必然的に
何も起こらないという事。やっぱりやらないとダメかな。
過去に何度か、それに出たが、往々にして主役はそっちのけで、
各所で小さなクラス会になるというものだ。
逆を言えば、こうゆう時でもないと彼らに会えないのも事実である。
さて、ワタシのいたテーブルでは
独身3人、既婚者1人という組み合わせ。
31歳ともなると会話が実に生活密着型トーク。例えば。。
『新聞は毎日読んでおかないと』
『選挙には行かないと』
『年金がどうなるか心配だ』
『最近の女子高生は宇宙人だ』
といった高校時代に担任から色々と小言を言われていた事が身に
染みてわかって来たという結論に達した訳で、簡単に言えば
歳をとったと言う事である。
会も無事に終わると、友人(男)が人目をはばからず、
泣いている姿が見えた。帰り際に軽く挨拶をすると
『来てくれてうれしかった』と言われる。
続いて
『おまえの時は絶対行くから呼べよ!』
まったく予定なし。余計なお世話。これも毎度の話
----
すっかり忘れていたが、どうやら、高校卒業時に自分がクラス会の
幹事に任命されていたらしい。という事は私がやらないと必然的に
何も起こらないという事。やっぱりやらないとダメかな。
敬語
2002年12月4日朝、会社に行く東海道線の中、横浜を過ぎたあたりでの車掌のアナウンス
『混雑した車内での携帯電話のご利用はご遠慮ください。
また、心臓ペースメーカーに影響がある恐れがありますので
携帯電話のお電源はお切りくださいますよう、お願いいたします』
最初は寝ぼけて聞き違えたのかと思ったのだが、2回目も確かにそう聞こえた。
「お電源」って何だよ?
丁寧に言おうというのは分からないでもないが、サービス業が、ヘンな
日本語でアナウンスしたのでは本末転倒である。
そもそも言葉というのはツールであるから、その時代、時代に合った
単語や話し方があって然るべきだと考えるが、この場合のように
過度の敬語(*この場合は丁寧語)は返って『耳障りが悪く』
聞こえてしまう。とは言っても、丁寧語を否定するつもりはない。例えば
『お茶をどうぞ』
というのの「お」を取ると・・・・・
『茶をどうぞ』
となり、何かとても熱そうなお茶が出てきそうな気がするし、逆に
ビールでよろしいですか?
という所を
おビールでよろしいでしょうか?
と聞くとぬるそうなビールが出て来そうな気がする。
「おビール」というのは汎用的に使われている言葉であるから、
私のfeelingという以外、他ない。
ようは程度問題。少なくとも「おビール」は聞けなくも
ないが「お電源」は使われないだろうな。
---
よく学生時代、就職試験の面接のレクチャーで敬語の使い方を
やたらに言われたような気がする。しかしながら就職して数年後、
とある会社の人事担当者に、この件につき聞いた事があるのだが、
企業側はよっぽどヒドイ言葉使いでなければ、そんなに気になるポイント
ではないらしい。例えば志望動機というのは、どこの面接試験でも
聞かれる定番の質問であるが、
『御社の成長性と、社風が自分に合っていると思われ・・・』
というのが、よい子の解答。しかしながら、これほどのウソはない。
入社もしていないと人間に『成長性』とか『社風』なんて分かる
はずはない。人事担当者に、その話をすると問題は内容より
『ハッキリいえるか?』という事を主として見ているらしい。
と言っても本当にそう思っていればいいのだが、心にもないことを
ハッキリ言うというのも、中々ツライ話かもしれない。逆に
『同業他社と比べて給料がいいから』
と正直に言った方が、通りがいいかも知れないない。
『混雑した車内での携帯電話のご利用はご遠慮ください。
また、心臓ペースメーカーに影響がある恐れがありますので
携帯電話のお電源はお切りくださいますよう、お願いいたします』
最初は寝ぼけて聞き違えたのかと思ったのだが、2回目も確かにそう聞こえた。
「お電源」って何だよ?
丁寧に言おうというのは分からないでもないが、サービス業が、ヘンな
日本語でアナウンスしたのでは本末転倒である。
そもそも言葉というのはツールであるから、その時代、時代に合った
単語や話し方があって然るべきだと考えるが、この場合のように
過度の敬語(*この場合は丁寧語)は返って『耳障りが悪く』
聞こえてしまう。とは言っても、丁寧語を否定するつもりはない。例えば
『お茶をどうぞ』
というのの「お」を取ると・・・・・
『茶をどうぞ』
となり、何かとても熱そうなお茶が出てきそうな気がするし、逆に
ビールでよろしいですか?
という所を
おビールでよろしいでしょうか?
と聞くとぬるそうなビールが出て来そうな気がする。
「おビール」というのは汎用的に使われている言葉であるから、
私のfeelingという以外、他ない。
ようは程度問題。少なくとも「おビール」は聞けなくも
ないが「お電源」は使われないだろうな。
---
よく学生時代、就職試験の面接のレクチャーで敬語の使い方を
やたらに言われたような気がする。しかしながら就職して数年後、
とある会社の人事担当者に、この件につき聞いた事があるのだが、
企業側はよっぽどヒドイ言葉使いでなければ、そんなに気になるポイント
ではないらしい。例えば志望動機というのは、どこの面接試験でも
聞かれる定番の質問であるが、
『御社の成長性と、社風が自分に合っていると思われ・・・』
というのが、よい子の解答。しかしながら、これほどのウソはない。
入社もしていないと人間に『成長性』とか『社風』なんて分かる
はずはない。人事担当者に、その話をすると問題は内容より
『ハッキリいえるか?』という事を主として見ているらしい。
と言っても本当にそう思っていればいいのだが、心にもないことを
ハッキリ言うというのも、中々ツライ話かもしれない。逆に
『同業他社と比べて給料がいいから』
と正直に言った方が、通りがいいかも知れないない。
日本ハムファイターズ・田中幸雄内野手
2002年2月23日プロ野球にせよ、プロレスにせよ特定の選手を応援するということ
は基本的にはないのだが、唯一、日本ハムファイターズ・田中幸雄内野手
だけは応援している。何故か?といわれてもハッキリとした答えはないが、
強いていえば昔から球場で見ている選手だからという事であろうか。
昔というのは、まだロッテが川崎球場を本拠地としていた時代
(89年〜90年くらい)によく試合を見に行った経緯があり、どうゆう訳か
ロッテ対日ハム戦のカードをやたらよく見た。当時の田中幸雄内野手は
ショートのレギュラーポジションを確立してきた時期で、パワフルな打撃も
さることながら、素晴らしい守備力を見せてくれた。同じ時期に
ヤクルトスワローズ・池山選手が「ブンブン丸」というニックネームで
売り出した時期でもあり、オーバーラップする。パ・リーグでしかも日ハム
という事で目立たないが、実に素晴らしい選手である。
今、プロ野球選手で誰を一番応援しているか?と聞かれれば、
迷わず「田中幸雄」と答えるであろう。
は基本的にはないのだが、唯一、日本ハムファイターズ・田中幸雄内野手
だけは応援している。何故か?といわれてもハッキリとした答えはないが、
強いていえば昔から球場で見ている選手だからという事であろうか。
昔というのは、まだロッテが川崎球場を本拠地としていた時代
(89年〜90年くらい)によく試合を見に行った経緯があり、どうゆう訳か
ロッテ対日ハム戦のカードをやたらよく見た。当時の田中幸雄内野手は
ショートのレギュラーポジションを確立してきた時期で、パワフルな打撃も
さることながら、素晴らしい守備力を見せてくれた。同じ時期に
ヤクルトスワローズ・池山選手が「ブンブン丸」というニックネームで
売り出した時期でもあり、オーバーラップする。パ・リーグでしかも日ハム
という事で目立たないが、実に素晴らしい選手である。
今、プロ野球選手で誰を一番応援しているか?と聞かれれば、
迷わず「田中幸雄」と答えるであろう。
何もしない楽しみ
2002年2月3日この日記はWebに公開しているなので、インターネット環境が
ある方ならば、どなたでも閲覧できる。さりとてワタシの日記
であるから、一切の抗議は受け付けないつもりでいる。今の所
そういった類の話は「耳に入ってこない」のだが、昨今、オフラインで
人に会うと実によく、この日記を読んで頂いているのが実感する。
それを証拠に「寝れない」と書けば「ぐっする眠れるCD」が送られて
きたり「合コンに行った事がない」と書けば「今度誘いますよ」と
声をかけられたりと、中々影響力があるものだと実感する。
----
ここの所、業務が忙しいせいもあり、また野球のオフシーズンという
事もあって休日は自宅にいることが多い。で、実際、何の予定もないと
ホントに何もすることがなく、PCをいじったりビデオを見たりという
他愛もない生活を送っている。特に金に困っている訳ではないのだが
無理矢理出かけることもなく「気がついたら夜」になっており、
風呂に入りながら「何もなかったなぁ」と実感する。
なんかこんなことを書いていると実に鬱屈した人生を送っているような
気もするが、いい加減この年になると、週末を「何もしないで過ごす」
というのも、そんなに悪い気はしない。
そもそも時間というのは、どんな人にでも平等に与えられているはずだが
人によっては、長く感じたり、短く感じたりするものである。それは
何に起因するかいえば、
好きな事(*楽しいこと)をやっている時は、それは短く感じ
苦痛な事はをやっている時は、とても長く感じる
具体例で言えば、小学校の頃の「図工」や「体育」の時間が短く感じ
「算数」や「社会」はより長く感じるのと一緒であろう。
という事は、暗に、休日に何もしないという事は苦痛ではなく
「図工」や「体育」と同じ感覚かも知れない。
もちろん、何もしないでいるより、さらに時間が短く感じる楽しいことは
いくらでもあるのだが、休日に何もすることがなく「気がついたら夜」
になっており、風呂に入りながら「何もなかったなぁ」というのは、
ある意味では贅沢な時間の使い方なのだろうな。
ある方ならば、どなたでも閲覧できる。さりとてワタシの日記
であるから、一切の抗議は受け付けないつもりでいる。今の所
そういった類の話は「耳に入ってこない」のだが、昨今、オフラインで
人に会うと実によく、この日記を読んで頂いているのが実感する。
それを証拠に「寝れない」と書けば「ぐっする眠れるCD」が送られて
きたり「合コンに行った事がない」と書けば「今度誘いますよ」と
声をかけられたりと、中々影響力があるものだと実感する。
----
ここの所、業務が忙しいせいもあり、また野球のオフシーズンという
事もあって休日は自宅にいることが多い。で、実際、何の予定もないと
ホントに何もすることがなく、PCをいじったりビデオを見たりという
他愛もない生活を送っている。特に金に困っている訳ではないのだが
無理矢理出かけることもなく「気がついたら夜」になっており、
風呂に入りながら「何もなかったなぁ」と実感する。
なんかこんなことを書いていると実に鬱屈した人生を送っているような
気もするが、いい加減この年になると、週末を「何もしないで過ごす」
というのも、そんなに悪い気はしない。
そもそも時間というのは、どんな人にでも平等に与えられているはずだが
人によっては、長く感じたり、短く感じたりするものである。それは
何に起因するかいえば、
好きな事(*楽しいこと)をやっている時は、それは短く感じ
苦痛な事はをやっている時は、とても長く感じる
具体例で言えば、小学校の頃の「図工」や「体育」の時間が短く感じ
「算数」や「社会」はより長く感じるのと一緒であろう。
という事は、暗に、休日に何もしないという事は苦痛ではなく
「図工」や「体育」と同じ感覚かも知れない。
もちろん、何もしないでいるより、さらに時間が短く感じる楽しいことは
いくらでもあるのだが、休日に何もすることがなく「気がついたら夜」
になっており、風呂に入りながら「何もなかったなぁ」というのは、
ある意味では贅沢な時間の使い方なのだろうな。
主語抜き言葉
2002年1月20日(あなたは)完璧な日本語を使っているか?と聞かれれば
もちろん答えはNO!
である。それを前提で・・・・
最近20歳くらいの若者と会話をすると実に疲れる。もちろん全員ではないが、
いわゆる“主語抜き”で話されることが多いからである。
個人的に思うのは“主語抜き”は、ある意味、敬語を話せないヤツより
タチが悪い。主語抜きというのは
“誰が、いつ、どこで、どうした”
という基本的な文章公正において“誰が”(*主語)を欠落させたまま、
相手に意思表示をしている訳で、極めて自分勝手だと思う。
# 主語があれば“○○って超すごくない?”
といわれた方が100倍マシかもしれない。
主語抜きで会話が成立する人たちのエリアは、お友達の間と推測されるが
それ以外の人たちとは、どうやってコミュニケーションを取っているの
だろうか??自分のように“話された側”が苦労しているのかな。
システムの仕事が多いと、専門用語がやたらに出てくる。それらの中には
IT用語として認知されていることもさる事ながら、それ以外でも
日常会話でも度々登場してくる。この日記でも無意識のうちに使っているが、
例えば
Flexible・・・柔軟
Priority・・・優先度
Approval・・・承認、認証
といった言葉。考え様によって、これらの単語を使いまくっている時点で
自分勝手なような気もするが、主語があれば単語の意味が分からなくとも
文脈で、その意味合いが理解できることもあるわけで、例えば
もっとFlexibleに対応してくれよ〜
と言った具合にアタリをつけることは可能ではないだろうか?
というよりも、自分から言わせればFlexibleくらいは新聞・雑誌他のメディア
に随分と登場しているので知っていてほしいなぁ。というのが昨今の思う
ことである(これも勝手かな)
※ この日記及びウチのHPをご覧になっている方々には
「何エラそうなこと言って〜 ○月○日が間違っているじゃねーか」
と思われている方もいらっしゃるかと思いますが、これはワタシの日記(*HP)
であって地球の果てまで行っても、最終決定権は自分にあります。
従って、よほど人様にご迷惑をかけない誤りと判断した時を除いて
“面倒だから訂正しない”
という正当な理由を行使するつもりでいます。
もし間違いを発見した場合には
“また、間違えている”
くらいに思っていただければ幸いです。
もちろん答えはNO!
である。それを前提で・・・・
最近20歳くらいの若者と会話をすると実に疲れる。もちろん全員ではないが、
いわゆる“主語抜き”で話されることが多いからである。
個人的に思うのは“主語抜き”は、ある意味、敬語を話せないヤツより
タチが悪い。主語抜きというのは
“誰が、いつ、どこで、どうした”
という基本的な文章公正において“誰が”(*主語)を欠落させたまま、
相手に意思表示をしている訳で、極めて自分勝手だと思う。
# 主語があれば“○○って超すごくない?”
といわれた方が100倍マシかもしれない。
主語抜きで会話が成立する人たちのエリアは、お友達の間と推測されるが
それ以外の人たちとは、どうやってコミュニケーションを取っているの
だろうか??自分のように“話された側”が苦労しているのかな。
システムの仕事が多いと、専門用語がやたらに出てくる。それらの中には
IT用語として認知されていることもさる事ながら、それ以外でも
日常会話でも度々登場してくる。この日記でも無意識のうちに使っているが、
例えば
Flexible・・・柔軟
Priority・・・優先度
Approval・・・承認、認証
といった言葉。考え様によって、これらの単語を使いまくっている時点で
自分勝手なような気もするが、主語があれば単語の意味が分からなくとも
文脈で、その意味合いが理解できることもあるわけで、例えば
もっとFlexibleに対応してくれよ〜
と言った具合にアタリをつけることは可能ではないだろうか?
というよりも、自分から言わせればFlexibleくらいは新聞・雑誌他のメディア
に随分と登場しているので知っていてほしいなぁ。というのが昨今の思う
ことである(これも勝手かな)
※ この日記及びウチのHPをご覧になっている方々には
「何エラそうなこと言って〜 ○月○日が間違っているじゃねーか」
と思われている方もいらっしゃるかと思いますが、これはワタシの日記(*HP)
であって地球の果てまで行っても、最終決定権は自分にあります。
従って、よほど人様にご迷惑をかけない誤りと判断した時を除いて
“面倒だから訂正しない”
という正当な理由を行使するつもりでいます。
もし間違いを発見した場合には
“また、間違えている”
くらいに思っていただければ幸いです。
続・寝れない
2002年1月15日結局のところ、すっかり「睡眠」を放棄して、ネットをやったり
ゲームをやったり風呂に入ったりして出社までの時間をつぶす。
しかしながら、さすがに一睡もしていないとマズイのでいつもより
30分早め、中央林間から各駅停車に乗車し
表参道まで、しっかり寝ることにする。ハッキリ覚えていないのだが、
中央林間の駅を出発した時の記憶がないため、座席についた
瞬間眠ってしまったと言っても過言ではなさそうだ。
---
会社について業務を開始すると、多忙なせいもあったが、すっかり
徹夜をしていること自体を忘れる。むしろ、中途半端に寝ぼけて
仕事するより、ずっと頭が切れる感じがする。一種の覚醒のようだ。
結局のところ、業務終了まで一度も睡魔が襲ってくることがなかった
のだが、さすがに帰りの電車の中では立ったまま寝てしまう。
しかし、習慣というのは恐ろしいもので、この日記を書いている、
この時間はいつも通りの体調になっている。
今の切実な問題は、明日の朝、無事に起きれるか?という事だ。
ゲームをやったり風呂に入ったりして出社までの時間をつぶす。
しかしながら、さすがに一睡もしていないとマズイのでいつもより
30分早め、中央林間から各駅停車に乗車し
表参道まで、しっかり寝ることにする。ハッキリ覚えていないのだが、
中央林間の駅を出発した時の記憶がないため、座席についた
瞬間眠ってしまったと言っても過言ではなさそうだ。
---
会社について業務を開始すると、多忙なせいもあったが、すっかり
徹夜をしていること自体を忘れる。むしろ、中途半端に寝ぼけて
仕事するより、ずっと頭が切れる感じがする。一種の覚醒のようだ。
結局のところ、業務終了まで一度も睡魔が襲ってくることがなかった
のだが、さすがに帰りの電車の中では立ったまま寝てしまう。
しかし、習慣というのは恐ろしいもので、この日記を書いている、
この時間はいつも通りの体調になっている。
今の切実な問題は、明日の朝、無事に起きれるか?という事だ。
寝れない
2002年1月14日今、1月15日午前5時21分 理由はよく分からないが、
まったく寝れない。惰性的に徹夜という結果になった。
よく高校の頃は寝れない事があったのだが、ここ最近は
布団に入ると、5分以内に寝てしまうというのがほとんど
だったのだが、何故だろうか・・・
---
ここのところ、時間をもてあますことが多い。特にこの3連休は
友達と食事をする以外は、ほとんど家にいた。よくよく考えると
休日にこんなに家にいるというのは珍しいかも。
自分にとって時間をもてあますというのは実に苦痛で、何も
しないくらいだったら仕事をしていた方がまだマシだと最近思う。
この考えはマズイのだが。
まったく寝れない。惰性的に徹夜という結果になった。
よく高校の頃は寝れない事があったのだが、ここ最近は
布団に入ると、5分以内に寝てしまうというのがほとんど
だったのだが、何故だろうか・・・
---
ここのところ、時間をもてあますことが多い。特にこの3連休は
友達と食事をする以外は、ほとんど家にいた。よくよく考えると
休日にこんなに家にいるというのは珍しいかも。
自分にとって時間をもてあますというのは実に苦痛で、何も
しないくらいだったら仕事をしていた方がまだマシだと最近思う。
この考えはマズイのだが。
気がつけば・・・・
2002年1月5日急に思い出したのだが、今まで1度たりとも合コン・コンパの類に
参加したことがない。思い起こせば、専門学校も4年行っているし
会社に入って丸6年もたっているのだから、1度くらいあってもいいの
だが、まったくない。酒が飲めないせいもあるのだが、さすがに
今年30歳になるので、1回くらいは経験があってもいいのかな?
と最近思う。といっても、それらに参加して女の子をどうこうしたい
というエネルギーはもうないかも。
---
昨日、Web上の友人のお誘いで、小さなオフ会に参加した。
自分も含めて5人の参加だったのだが、見渡すと自分が一番年上
という事に気がつく。普段は年上の人とばかり遊んでいるので、
なんとも言えない感じであったが、レストランの支払いとか、こまごま
したところで、若い衆がやってくれるので非常に楽だった。
しかしながら、その反面、普段、慣れていない分、どうもしっくり
こなかったのも事実である。やはり貧乏性なのであろうか?
参加したことがない。思い起こせば、専門学校も4年行っているし
会社に入って丸6年もたっているのだから、1度くらいあってもいいの
だが、まったくない。酒が飲めないせいもあるのだが、さすがに
今年30歳になるので、1回くらいは経験があってもいいのかな?
と最近思う。といっても、それらに参加して女の子をどうこうしたい
というエネルギーはもうないかも。
---
昨日、Web上の友人のお誘いで、小さなオフ会に参加した。
自分も含めて5人の参加だったのだが、見渡すと自分が一番年上
という事に気がつく。普段は年上の人とばかり遊んでいるので、
なんとも言えない感じであったが、レストランの支払いとか、こまごま
したところで、若い衆がやってくれるので非常に楽だった。
しかしながら、その反面、普段、慣れていない分、どうもしっくり
こなかったのも事実である。やはり貧乏性なのであろうか?
2001年の回顧録
2001年12月31日今年を振り返れば余り書きたくないのだが、やはり仕事が
例年以上にきつかったということであろう。特に昨年末に
所属長が解雇となったため、無法地帯のまま、決算を迎え
さらに5日ですべて仕上げるという離れ業をやってのけた。
さらに4月には新基幹系システムのカットオーバー、また
親会社の新基幹系システムのプロジェクトメンバーに任命
されるなど経理以外の仕事も多くのしかかった一年でもあった。
本職の経理の方でも秋から、親会社の監査部隊、さらには
国税局の来社など、とにかく外的要因で忙しかった1年で
あったと言える。今年で入社して丸6年になるのだが、
これだけ仕事をしたのは今年が始めてである。
当然、反動で「遊び」の方も充実した1年だっとも言える。
今年も随分、関西に行った。京都、比叡山延暦寺、USJ、
海遊館と関西のレジャースポットはほとんどクリアした。
さらに恐るべしは、今年1年間だけで8回も会った関西の友人が
いるという事。場合によってはこちらの友人よりよく会っていたりする。
これもWebのなせる業なのであろうか。一昔前では到底、
考えられない話である。快く歓迎してくれた友人たちに、この場を
感謝したい。
やはり年齢的なものもあるのだろう。結婚する友人・知人が
やたら多かった年でもある。ざっと数えただけで、5〜6組は結婚
している。個人的には特には気にしていないが、
確実に相当の年齢になったのだということは実感した1年でもあった。
おそらく来年も、今年と同じペースで周りが結婚して行くであろう。
「別れ」もあった。1月には20歳前まで、大変お世話になった
義理の叔父が51歳で、12月には甲子園で何度か一緒に観戦した
仲間が41歳で他界した。
物事の考え方・決断が変わった年でもある。一言で言えば
余計なことを考えなくなった
ということであろう。何事も、必ず目的というものがあり、それを
達成するためにはどうすればよいのか?というのことを
考えるのであるが、昨年に比べるとジャッチのスピードも速くなった
気がするし、とある友人に言われたのだが、
重要なことほど簡単に決めた方がよい
という事が、だんだんと実践できるようになってきたような気がする。
簡単に決めるというのは、安易に決めるというのことではなく
「荒い要件」から絞って行き、落とし所を見極めジャッチするという
事である。どちらかというとテクニカルな考え方かもしれない。
来年はどんな年になるのだろうか?まったく想像できない。
仕事が多忙で遊ぶどころではないかも知れないし、
遊んでばかりで仕事はしないかも知れない。
人生には、必ず大きなイベントが待ち受けているといわれている。
それが困難なトラブルであり、打破しなければならない年になる
かもしれない。
ともあれ何度か書いているが、自分にはたくさんの友人・知人がいる。
彼等との関係は、一生涯の財産だと思っている。彼等と共に笑って
騒げれば、今年と同じ位いい年になると信じている。
例年以上にきつかったということであろう。特に昨年末に
所属長が解雇となったため、無法地帯のまま、決算を迎え
さらに5日ですべて仕上げるという離れ業をやってのけた。
さらに4月には新基幹系システムのカットオーバー、また
親会社の新基幹系システムのプロジェクトメンバーに任命
されるなど経理以外の仕事も多くのしかかった一年でもあった。
本職の経理の方でも秋から、親会社の監査部隊、さらには
国税局の来社など、とにかく外的要因で忙しかった1年で
あったと言える。今年で入社して丸6年になるのだが、
これだけ仕事をしたのは今年が始めてである。
当然、反動で「遊び」の方も充実した1年だっとも言える。
今年も随分、関西に行った。京都、比叡山延暦寺、USJ、
海遊館と関西のレジャースポットはほとんどクリアした。
さらに恐るべしは、今年1年間だけで8回も会った関西の友人が
いるという事。場合によってはこちらの友人よりよく会っていたりする。
これもWebのなせる業なのであろうか。一昔前では到底、
考えられない話である。快く歓迎してくれた友人たちに、この場を
感謝したい。
やはり年齢的なものもあるのだろう。結婚する友人・知人が
やたら多かった年でもある。ざっと数えただけで、5〜6組は結婚
している。個人的には特には気にしていないが、
確実に相当の年齢になったのだということは実感した1年でもあった。
おそらく来年も、今年と同じペースで周りが結婚して行くであろう。
「別れ」もあった。1月には20歳前まで、大変お世話になった
義理の叔父が51歳で、12月には甲子園で何度か一緒に観戦した
仲間が41歳で他界した。
物事の考え方・決断が変わった年でもある。一言で言えば
余計なことを考えなくなった
ということであろう。何事も、必ず目的というものがあり、それを
達成するためにはどうすればよいのか?というのことを
考えるのであるが、昨年に比べるとジャッチのスピードも速くなった
気がするし、とある友人に言われたのだが、
重要なことほど簡単に決めた方がよい
という事が、だんだんと実践できるようになってきたような気がする。
簡単に決めるというのは、安易に決めるというのことではなく
「荒い要件」から絞って行き、落とし所を見極めジャッチするという
事である。どちらかというとテクニカルな考え方かもしれない。
来年はどんな年になるのだろうか?まったく想像できない。
仕事が多忙で遊ぶどころではないかも知れないし、
遊んでばかりで仕事はしないかも知れない。
人生には、必ず大きなイベントが待ち受けているといわれている。
それが困難なトラブルであり、打破しなければならない年になる
かもしれない。
ともあれ何度か書いているが、自分にはたくさんの友人・知人がいる。
彼等との関係は、一生涯の財産だと思っている。彼等と共に笑って
騒げれば、今年と同じ位いい年になると信じている。
実働30分、勤務9時間
2001年12月29日毎度おなじみ休日出勤。しかも今日は年に一度の決算日。
特にここ数ヶ月はシステムエラーが続出し
報告自体が遅延していたので嫌が追うでも緊張が走る。
ところが、心配しているときほど、エラーは発生しない。
それどころか新しいサーバーを入れたおかげで、
作成時間も例月に比べてぐっと時間短縮。
朝7時30分から作業開始して9時30分前には業務完了。
(*実際のオペレーションは30分程度)
早速、成果物を親会社にメールで発信。この疾風怒濤の
スピードであれば少なくとも午前中には、親会社からOKの
返事が出て帰れるという算段であったが、
待てど暮らせど電話がかかってこない。
正午になり、おなかもすいたので、近くのCoCo壱番屋で
カレー弁当をTakeOutし、エライ方々と食する。
しかしカレーを食べ終わっても一向に電話がかかってこない。
カレーを食するとシビレを切らしたのか一番エライ人が帰宅。
やむなし。続いて同じく隣の部の2人、同じ経理部が1人が
それぞ帰宅。ちょっと冷たい気もするが、
これも業務に関係ないので、やむなしか・・・・
自分と部長だけが、社内に残される。しかし電話が来ない・・・・
この時点で午後2時。最初のうちはネットサーフィン
で遊んでいたのだが、さすがに限界に達してくる。
次にフリーセル等をはじめるが
さすがに飽きてくる。この時点で午後3時。電話が来ない・・・
実を言えば、こちらから電話をかけたいのは山々ではあるが
親会社と子会社という関係上、また、当社の月次報告の数値を
チェックしてもらっている以上、中々電話もかけづらい。
何もやることがないので、デスクに顔をうずめて寝ることにする。
願わくば、親会社からの電話で目が覚めたいものであるが
一向に電話がかかってこない。
さすがに部長もキツクなってきたのか
「4時になったら電話をかけてみる」と言う。
で、4時になり部長が電話をかけると、先方が出ない。
「まさか、忘れられて帰ってしまったのか?」
という悪い方に考える。あとで聞いた話であるが、電話をかけた
時間帯はちょうど社長に決裁を仰いでいたところだったそうだ。
4時15分になり、ようやく先方とつながり、帰宅のお許しが出る。
実に9時から数えて7時間後、出社時間から数えて9時間後。
仕事というのは、忙しすぎるのも辛いが、
何もせず、ただ待っているというのも非常に
辛いということが身にしみて分かった日でもあった。
しかし、当然ながら「待ち」も業務のうちであるから休日出勤の
手当ては頂くことになる。いいのか、悪いのか・・・・・・
特にここ数ヶ月はシステムエラーが続出し
報告自体が遅延していたので嫌が追うでも緊張が走る。
ところが、心配しているときほど、エラーは発生しない。
それどころか新しいサーバーを入れたおかげで、
作成時間も例月に比べてぐっと時間短縮。
朝7時30分から作業開始して9時30分前には業務完了。
(*実際のオペレーションは30分程度)
早速、成果物を親会社にメールで発信。この疾風怒濤の
スピードであれば少なくとも午前中には、親会社からOKの
返事が出て帰れるという算段であったが、
待てど暮らせど電話がかかってこない。
正午になり、おなかもすいたので、近くのCoCo壱番屋で
カレー弁当をTakeOutし、エライ方々と食する。
しかしカレーを食べ終わっても一向に電話がかかってこない。
カレーを食するとシビレを切らしたのか一番エライ人が帰宅。
やむなし。続いて同じく隣の部の2人、同じ経理部が1人が
それぞ帰宅。ちょっと冷たい気もするが、
これも業務に関係ないので、やむなしか・・・・
自分と部長だけが、社内に残される。しかし電話が来ない・・・・
この時点で午後2時。最初のうちはネットサーフィン
で遊んでいたのだが、さすがに限界に達してくる。
次にフリーセル等をはじめるが
さすがに飽きてくる。この時点で午後3時。電話が来ない・・・
実を言えば、こちらから電話をかけたいのは山々ではあるが
親会社と子会社という関係上、また、当社の月次報告の数値を
チェックしてもらっている以上、中々電話もかけづらい。
何もやることがないので、デスクに顔をうずめて寝ることにする。
願わくば、親会社からの電話で目が覚めたいものであるが
一向に電話がかかってこない。
さすがに部長もキツクなってきたのか
「4時になったら電話をかけてみる」と言う。
で、4時になり部長が電話をかけると、先方が出ない。
「まさか、忘れられて帰ってしまったのか?」
という悪い方に考える。あとで聞いた話であるが、電話をかけた
時間帯はちょうど社長に決裁を仰いでいたところだったそうだ。
4時15分になり、ようやく先方とつながり、帰宅のお許しが出る。
実に9時から数えて7時間後、出社時間から数えて9時間後。
仕事というのは、忙しすぎるのも辛いが、
何もせず、ただ待っているというのも非常に
辛いということが身にしみて分かった日でもあった。
しかし、当然ながら「待ち」も業務のうちであるから休日出勤の
手当ては頂くことになる。いいのか、悪いのか・・・・・・
通勤3時間40分
2001年12月17日いつものように朝、駅に向かうと場内アナウンスで
“生田−向ヶ丘遊園の間で信号機故障が発生・・・”
とのこと。小田急お得意の月曜日の朝、トラブルである。
といってもいつも乗車する急行が定刻より一分ほどしか遅れていないので、
たいした事ないのか?と思ったのだが、電車が相模大野に入る直前から急変する。
* 以下時系列
8時05分頃 相模大野駅到着(定刻より10分遅れ)
8時10分頃 町田到着(定刻より10分遅れ)
8時15分過 玉川学園〜鶴川間で徐行運転
8時20分頃 車内アナウンスで「小田急線前線列車抑制」
同時に車内缶詰
8時35分頃 抑制解除(*一時的)で新百合ヶ丘駅到着
同時に場内アナウンスで「復旧には相当時間がかかる見込み」
8時40分頃 会社に状況説明のため電話
上司から「しょうがね〜な。(復旧活動を)手伝ってこい!」
小田急の電車遅延などというものは日常茶飯事なので、驚くことではないが
これほど大掛かりな遅延は久しぶりである。小田急側の説明だと、他社に
振替輸送を依頼した模様で、新宿方面のそれは
「新百合ヶ丘から小田急多摩線で小田急永山まで出て京王線に乗換」
というルートらしいが、東京方面に向うのに、わざわざ逆方向に向わなければ
ならないのが気にいらないし、何より多摩線のホームはごったがえしており、
とても乗れそうもない。従って、そのまま改札を出てしばらく考える。
どうせ、会社は遅刻決定なので、駅近くのミスタードーナツで朝食を
取ながら新聞を読む。ドーナツ屋を出て駅に向うがいっこうに復旧の見込みが
ないため、小田急による移動をあきらめバスに依存することにする。
案内板を見ると
新百合ヶ丘〜あざみ野駅(*田園都市線) 行き
が発着している模様。すぐさま乗り場に向うが、やはり多摩線経由を諦めた
人の長蛇の列。遠くからあざみ野駅のバスがくるが、一台は問答無用に見逃し。
この時点で9時30分。次のバスが来たのが9時50分頃。今まで乗ったことも
ないような経路のバスに乗り込み、あざみ野へ向う。この経路のバスは1時間に
3本〜4本くらいのことを考えると、普段はほとんど人が乗らないことと予想
それるが、当然のように満員で停留所を次々にパスしていく。
あざみ野到着が10時25分頃。ここから田園都市線に乗車して表参道、表参道から
銀座線に乗換えて外苑前。会社到着が11時10分。自宅を出てから、およそ3時間
40分後に会社到着。月曜日の早朝にレール亀裂のトラブルを起こすとは
さすがは小田急と実感した。
数年前、大雪が降り、やはり途中で不通となった時も、新百合ヶ丘で
3時間ほど足止めをくらったことがある。新百合ヶ丘には何かあるのだろうか?
“生田−向ヶ丘遊園の間で信号機故障が発生・・・”
とのこと。小田急お得意の月曜日の朝、トラブルである。
といってもいつも乗車する急行が定刻より一分ほどしか遅れていないので、
たいした事ないのか?と思ったのだが、電車が相模大野に入る直前から急変する。
* 以下時系列
8時05分頃 相模大野駅到着(定刻より10分遅れ)
8時10分頃 町田到着(定刻より10分遅れ)
8時15分過 玉川学園〜鶴川間で徐行運転
8時20分頃 車内アナウンスで「小田急線前線列車抑制」
同時に車内缶詰
8時35分頃 抑制解除(*一時的)で新百合ヶ丘駅到着
同時に場内アナウンスで「復旧には相当時間がかかる見込み」
8時40分頃 会社に状況説明のため電話
上司から「しょうがね〜な。(復旧活動を)手伝ってこい!」
小田急の電車遅延などというものは日常茶飯事なので、驚くことではないが
これほど大掛かりな遅延は久しぶりである。小田急側の説明だと、他社に
振替輸送を依頼した模様で、新宿方面のそれは
「新百合ヶ丘から小田急多摩線で小田急永山まで出て京王線に乗換」
というルートらしいが、東京方面に向うのに、わざわざ逆方向に向わなければ
ならないのが気にいらないし、何より多摩線のホームはごったがえしており、
とても乗れそうもない。従って、そのまま改札を出てしばらく考える。
どうせ、会社は遅刻決定なので、駅近くのミスタードーナツで朝食を
取ながら新聞を読む。ドーナツ屋を出て駅に向うがいっこうに復旧の見込みが
ないため、小田急による移動をあきらめバスに依存することにする。
案内板を見ると
新百合ヶ丘〜あざみ野駅(*田園都市線) 行き
が発着している模様。すぐさま乗り場に向うが、やはり多摩線経由を諦めた
人の長蛇の列。遠くからあざみ野駅のバスがくるが、一台は問答無用に見逃し。
この時点で9時30分。次のバスが来たのが9時50分頃。今まで乗ったことも
ないような経路のバスに乗り込み、あざみ野へ向う。この経路のバスは1時間に
3本〜4本くらいのことを考えると、普段はほとんど人が乗らないことと予想
それるが、当然のように満員で停留所を次々にパスしていく。
あざみ野到着が10時25分頃。ここから田園都市線に乗車して表参道、表参道から
銀座線に乗換えて外苑前。会社到着が11時10分。自宅を出てから、およそ3時間
40分後に会社到着。月曜日の早朝にレール亀裂のトラブルを起こすとは
さすがは小田急と実感した。
数年前、大雪が降り、やはり途中で不通となった時も、新百合ヶ丘で
3時間ほど足止めをくらったことがある。新百合ヶ丘には何かあるのだろうか?
字
2001年12月8日先週はしっかり休日出勤したが今週はお休み。先週、スーツを
クリーニングに出しそこねたので、クリーニング屋へ。おばちやんと
他愛もない話をしていると・・・
「組合の抽選があるのだけど、なかなか応募者が少ないので書いてくれ?」
というので、応募用紙に必要事項を記載。すると、おばちゃんは応募券の
私の「字」を見て
「あら、随分、きれいに書くのね」
といわれる。クリーニング屋のおばちやんに限らずここ数年「字がきれい」
と言われる。自分では、自分で書いているので綺麗かどうかはわからないのだが、
人様からみると「綺麗」らしい。ここ数年でいわれるというのは、当然
仕事のせいだと思う。現在の部署は経理であるが、それ以前は財務部に所属して
いた。財務という部署は何億円という契約書を作成しなればならないので、
字が汚いと何年たっても字が汚い契約書が残る。それを考えただけで
とても嫌になった時期があって「綺麗、汚い」は別にして「丁寧書こう」とい
努力をした。それが今に至っているのかもしれない。
経験で言えば日本語の文章の場合、「ひらがな、カタカナ、漢字」が主である。
それらをよく注目してみると、大部分が直線の組み合わせであるから
「線」をしっかり書くと、比較的見栄えがよくなることが判明した。
字は見栄えがいいと、書類の見栄えもよくなる。ミミズが這ったような字で
借用書を書けば信憑性が薄れる。「見かけも大事」といったところであろうか。
クリーニングに出しそこねたので、クリーニング屋へ。おばちやんと
他愛もない話をしていると・・・
「組合の抽選があるのだけど、なかなか応募者が少ないので書いてくれ?」
というので、応募用紙に必要事項を記載。すると、おばちゃんは応募券の
私の「字」を見て
「あら、随分、きれいに書くのね」
といわれる。クリーニング屋のおばちやんに限らずここ数年「字がきれい」
と言われる。自分では、自分で書いているので綺麗かどうかはわからないのだが、
人様からみると「綺麗」らしい。ここ数年でいわれるというのは、当然
仕事のせいだと思う。現在の部署は経理であるが、それ以前は財務部に所属して
いた。財務という部署は何億円という契約書を作成しなればならないので、
字が汚いと何年たっても字が汚い契約書が残る。それを考えただけで
とても嫌になった時期があって「綺麗、汚い」は別にして「丁寧書こう」とい
努力をした。それが今に至っているのかもしれない。
経験で言えば日本語の文章の場合、「ひらがな、カタカナ、漢字」が主である。
それらをよく注目してみると、大部分が直線の組み合わせであるから
「線」をしっかり書くと、比較的見栄えがよくなることが判明した。
字は見栄えがいいと、書類の見栄えもよくなる。ミミズが這ったような字で
借用書を書けば信憑性が薄れる。「見かけも大事」といったところであろうか。